“記者「ビートルズみたいに平和や反戦の歌を歌わないんですか?」フランクザッパ「今おれはデンタルフロスの歌を歌ったんだが、お前の歯は綺麗になったか?」”
“小学校だったか中学校だったか、卒業式んとき校長先生が「諸君、『映画に誘ってみようかな、忙しいかな断られるかな、誘いたいけどやっぱやめようかな』といった思考は愚の骨頂である、馬鹿のやる事である、相手の気持なんか諸君には永遠に解らないのだ、誘いたいのなら誘わなければならない」と話した”

私の知り合いで、家の事は全部お手伝いさんに任せている人がいます。生家がお金持ちだからです。住んでいるマンションもきれいなところです。
 仕事をする必要も無いので、やりたい事をやりたい時にやっています。時々ベンチャーに投資したりしているみたいですが、そこは詳しくはしりません。まあ、少なくともお金に関する事は心配してはいません。

 稀に他人から解放されている人もいますが、多くの人は他人と自分の境遇を見比べます。先の様な話を聞く時に、平静を装いながら私たちは心の底になんだかずるいという嫉妬の様なものと、それから自分との境遇を見比べて不公平感が湧いてくる時があります。

 そして、そらにその中から、それは結局他人の話だからとすぐ流れて行く人と、自分の中に何か流せないものが溜まっていくタイプにわかれていき、この後者のタイプの中に、さらに絡み始める人がいます。

 こういうタイプの人はだいたい正義を持ち出します。努力しないで成功するなんて良くない事だ。裕福ならもっと世の中に還元すべきだ。しかし、彼らにそれを強制する権利は、国にももちろん個人にも、彼らの親ですらできません。

 私たちは時に所謂成功者を見て『みんな必ず努力している』と言いますが、その実のところは『成功者には努力していてほしい』の裏返しである事が真相でしょう。成功にはそれに見合うだけの犠牲が無いと人は不公平に思ってしまうのです。

 アスリートも似た様な環境にいます。苦しいあの時を乗り越えたから今がありますというと受け入れられるのですが、努力してない、もしくはしてない様に見える人は世の中から反感を買います。大体嫌われるアスリートはこのタイプです。そして、そのアスリートがぽろっと弱音を吐くと、あいつも苦しかったんだなあと、急に人は共感し始めたりするわけです。

 努力があるから成果がある。努力していなくて成功するなんてありえないし、あってはならない事だと私たちは習ってきました。
 深い世界の成功の定義ではそうなのでしょうけど、残念ながら現世の『いわゆる成功』ではそうではありません。努力をせずにオリンピアンになった人もいますし、生まれながらに庭から石油が出てた人もいます。楽しいだけの人生も、早くして人生を終えるべくして運命づけられた人生もあります。犠牲と成果は釣り合わないのです。

 あるべき世界と現実の世界。この狭間で私たちは言いようの無い不公平感に襲われます。頑張ってもどうにもならない事があり、生まれながらに決まっている事があり、自分よりもずっといい思いをして生きているように見える人が世の中にはいるわけです。

 不公平だ。その感情がだんだんと、何か自分にとって許せないものを排除したい様な、社会の秩序の為に取り除きたい様な、一見正義とも思える感情にすり替わっていきます。しかし、姿形は変わってもその根源は嫉妬です。ですが、そこに囚われた人にはそれが嫉妬であるのかどうかすらもはやわからなくなってしまっていきます。

 
 世の中が間違えているんではなくて、犠牲と成果がバランスする、全てがフェアネスだという認識自体を疑わなければなりません。理不尽で当然、が世の常でしょう。情け容赦ない世の中を、それでもなんとかフェアネスに近づけようとしている、それが人間社会なのではないでしょうか。
 そして、一生懸命正義の様なものをぶつけようと相手に対して目が離せなくなっているその時間は、あなたの限られた人生の貴重な時間なのです。

 もちろん本当に正義に燃える時もあるでしょう。しかし、正義というのは空間と時間を限ってこそ存在できるものです。人生を賭けるべき正義は内省に内省を尽くさないと見つけられません。

 あれは許せない、正しくないと思ったとき、本当にそれは違う感情から来てやしないか。また、それは自分の貴重な人生の時間を費やすに値するか。そういう問いが一度ぐらいあってもいいかもしれません。人生は人に気を取られていられるほど長くはありませんから。

“第1条:客の欲しがっているものではなく客のためになるものをつくれ

第2条:客の目線ではなく自分の目線でモノをつくれ

第3条:サイズやコストは可能性で決めるな。必要性・必然性で決めろ

第4条:市場は成熟しているかもしれないが商品は成熟などしていない

第5条:できない理由はできることの証拠だ。できない理由を解決すればよい

第6条:よいものを安く、より新しいものを早く

第7条:商品の弱点を解決すると新しい市場が生まれ、利点を改良すると今ある市場が広がる

第8条:絞った知恵の量だけ付加価値が得られる

第9条:企画の知恵に勝るコストダウンはない

第10条:後発での失敗は再起不能と思え

第11条:ものが売れないのは高いか悪いのかのどちらかだ

第12条:新しい種(商品)は育つ畑に蒔け

第13条:他社の動きを気にし始めるのは負けの始まりだ

第14条:可能と困難は可能のうち

第15条:無謀はいけないが多少の無理はさせろ、無理を通せば、発想が変わる

第16条:新しい技術は、必ず次の技術によって置き換わる宿命を持っている。それをまた自分の手でやってこそ技術屋冥利に尽きる。自分がやらなければ他社がやるだけのこと。商品のコストもまったく同じ

第17条:市場は調査するものではなく創造するものだ。世界初の商品を出すのに、調査のしようがないし、調査してもあてにならない

第18条:不幸にして意気地のない上司についたときは新しいアイデアは上司に黙って、まず、ものをつくれ”
“仕事の中で感じた疑問や不満を左ぺージに書き出し、週末にそれらをポジティブな提案型の言葉に置き換えて右ぺージに書くようにしていました。面白いことに、疑問や不満を先輩などにストレートに話しても、なんだか嫌そうな顔をされたり「お前は若いな」とそらされたりするのに、右べージに書いたポジティブな言葉を使うと、好意的な反応が返ってくるのです。
 『憤りリスト』の左ページに書いた不満や憤りには、実は本質的な課題が含まれていることが少なくありません。そして右側のページにポジティブな発想で書き換えた言葉には、想定を超えた結果を出すためのヒントがたくさん含まれています。”
“19歳の頃、生まれて初めて賭場という所に連れて行ってもらった。その時100万くらいを一度に張る人をみた。負けた。その人は自分の膝をパシンと叩いて笑って帰った。連れて行ってくらた人が「見たか?男は勝ちっぷりちごて負けっぷりやで」と教えてくれた。いまだにそれがオレの奥底にある。”

カルビン・クーリッジ大統領はこう言った。

「この世に粘り強さに勝るものはない。才能も。才能があって失敗した人は数知れない。天才も。報われない天才は、語り草になっている。教育も。世界は高度な教育を受けたホームレスで溢れている。粘り強さと決断力が揃えば万能だ。「続けよ」のスローガンは人類の問題を解決し、これからも解決していくだろう」。

そして1995年、スティーブ・ジョブズがこう付け加えた。「私は、成功した起業家とそうでない者を分けているものの半分は、純粋な粘り強さであると確信している」。

“だれにでもチャンスがある、というのは嘘でも幻想でもない。だが、自分はどういう人生を望むか、という戦略がない人間には最初からチャンスがない。自分が何をしたいかが分かっているからその目標に従って科学的な努力が可能になる。戦略を行使するためのモチベーションの対象を持っているか持っていないかですべてが決まってしまう。そして、モチベーションの対象を持っている人は、全体の数パーセントだろう、彼らは自分の人生を選択する。自分の人生を選択するために、自分の資源をチェックし、モチベーションの対象に集中して投資するのだ。この世の中には、それができる人と、できない人がいるだけで、それ以外にはいない。きっかけも秘訣も苦労も関係がない。”

村上龍「置き去りにされる人々」P31

(via reretlet) (via hogefugapiyo, thanks-a-million) 2009-11-10 (via gkojay) (via urume) (via yaruolikes) (via yaruo)
80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/12/07(水) 23:54:46.67 ID:uZlPMTOX0
第二十九條 度を過ぎた期待を持つ勿れ
「これほど愛しているのに冷淡だ」とか、「あれほど愛してくれたのに、
今の冷淡さ」とか云う愚痴が出るのは、相手に度を過ごした期待を持つためだ。

いつも強度に熱していれば、電線だって切れるではないか。たまには息を抜くのもよろしい。
「恋愛にも休日あり」とはフランスの詩人の言葉だ。
だから、ほかに気が移ったというようなことならいざ知らず、
たまに恋人が冷淡な態度を見せることがあっても、一一取り上げて問題にしてはならない。
余り五月蝿くすると、かへって悪い結果を招くものと知るべし。”

 脳は飽きっぽくできています。「三日坊主」に悩む人が多いのも当然です。解決策は「脳をだます」ことでしょう。1つのポイントは「淡蒼球(たんそうきゅう)」という脳部位です。淡蒼球は「やる気」や「気合」など日常生活で大切な基礎パワーを生み出すといわれています。自分の意思で淡蒼球を動かすことはできません。しかし、ご紹介する「4つのスイッチ」を使えば、淡蒼球を起動させることが可能です。

 
1つ目のスイッチはBody(身体)。
身体は脳の支配下にあると思われがちですが、本当は逆で、カラダが主導権を握っています。進化の過程を思い出してください。脳とカラダのどちらが先に発達したか。もちろんカラダです。カラダのない動物はいませんが、脳のない動物はいくらでもいます。脳は進化の歴史では新参者なのです。「楽しいから笑う」のではなく「笑うから楽しい」、「やる気が出たからやる」のではなく「やるからやる気が出る」のです。

日曜日の朝、平日より遅く起きていませんか? 起床のリズムを崩すことはおすすめできません。趣味や勉強の時間もあらかじめ決めておくといいでしょう。場所の移動も効果的です。新幹線や飛行機では、なぜか集中できるという人も多いのではないでしょうか。最近の研究で身体を動かさずとも、動いているという感覚があれば、脳が活性化することがわかっています。

 
2つ目はExperience(経験)。
日常生活の体験は「海馬(かいば)」を通じて、貴重な記憶や知恵として脳に貯えられます。

「海馬は脳の最高幹部だ」といわれます。脳を企業にたとえると、もっとも重要な指令を下すのが社長である海馬。日常生活で初めて経験するような事態では、海馬が淡蒼球などを総動員して事態に対応します。しかしいつもと同じ経験では、わざわざ海馬が顔を出す必要はありません。部下だけで処理を代行できる。つまりよほど重要なことでない限り、海馬にまで情報は届かない。海馬のためにはいつもと違う要素を取り入れるのが効果的なのです。

そのためには「形から入る」「身銭を切る」「人を喜ばせるためにやる」などがおすすめです。また脳研究では「準備の心(プリペアードマインド)」という概念が知られています。事前に「続かなくて当たり前」と気楽に構えておくと、長続きします。

 
3つ目はReward(報酬)。
ごほうびの喜びは「テグメンタ」という脳部位を活性化させ、快楽物質であるドパミンを出します。ドパミンは淡蒼球に直接働きかけるため、ごほうびとやる気とは強い相関があります。

お金や食べ物も報酬になりますが、何よりのごほうびは達成感でしょう。目標は小さくしつつ、腹八分目でやめるというのがおすすめです。

 
4つ目はIdeomotor(イデオモータ)。
「念ずれば通ず」はウソではありません。たとえば「コックリさん」という遊びはイデオモータの一種だとされています。強く念じることで、無意識のうちにカラダが動く。成功のイメージを具体的に描き、その自分に「なりきる」ことでやる気が引き出されます。

脳の情報処理というのはパラレルに行われます。その意味で、「趣味は仕事のリトマス試験紙」だといえるかもしれません。仕事がうまくいかないときは、趣味には集中できませんよね。一流の人は、4つのスイッチを無意識のうちに使い、趣味を通じて、仕事にも弾みをつけているのでしょう。